underground rarefied life

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そういえば晩夏の日帰り忙殺の横浜京都東京の旅2006の事を今だに書いていなかったからもう少ししたら書こうと思う。で、京都から帰ってきてn氏と会って話した時に言っていた「ものを生み出す人って命に対する感情が希薄になってると思う」というのをここずっと考えていた。いま仕事としているものはつまるところ依頼主への問題解決のソリューションとしての表現方法の可視化であってそれ以上でも以下でもないその成果物は、最終的な落としどころとしては作り出した自分の手を離れて行ってしまうわけで、次々とこなし(と言ったら言葉は悪いけど)ていく忙しさにかまけているうちにひとつひとつのものに込めた念や思いそのものを忘れて行ってしまうんじゃないかと思ったら急に怖くなって。創造者だなんて場違いな呼び名をつけられたcreatorだけど、その創造したものひとつひとつになんの感情も抱けなくなってしまったらどうなってしまうんだろうとぼんやり考えていた。作ったものを作ったものとして接する事が出来なくなったとしたら。でも結果としてはどうにもならないんじゃないかな。なんにも変わらなく毎日過ぎ去って行ってしまうだけで。

だからね命だってそうなんだよ全然実感ないんだよ。というか実際もう頭の中は完全に取り乱しまくっていてそれどころじゃなかったから脳が勝手に思考凍結させたのかもしれないけど、ネットとかわけのわからない仮想のネットワーク上に身を置いているからだよとか例えばそんな、空想と現実の混同された中で、その命っていうものに対しての感情も希薄になってきちゃってるんじゃないかと思ったんだ。ってこんな事言ってる自分は本当は無駄にCPUだのメモリだの積まされて動いてるだけなんじゃないかと思うくらい怖くて無機質な生き物なのかもしれないしそれを知った所で結局客観視する事しかできない傍観者なのかもしれないけどなんだろう、でもなんだろう声を聞いた途端に思い出したかのようにフッと実感が湧き出てきてどうしようもなく気がついた時には涙が止まらなかった。でもね嬉しかったんだ。君とまた話せたことが本当に嬉しかったんだ。こんなんネットとかわけのわからない仮想のネットワーク上に書き連ねても薄っぺら過ぎて何の説得力も持たないかもしれないけど、君がそうしてくれたように同じようにそうしようと思った。だから単なる文字としての情報でもいいんだ。書いてほしい。その気持ちを書いてほしかったんだ。その出来事をいつになっても僕が忘れないように。何年か先になって笑って振り返れるように。


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鈴木健一 | suzuki kenichi
FICC所属、デザイン、アートディレクション担当。
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