patisserie,study 砂糖と乳脂肪のかたまりを食す会

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材料を買いに行くのにかかった時間:1日
作るのにかかった時間:9時間
それらが食べられるのに要した時間:10分
みんなが体内に溜め込んだ乳脂肪etc:プライスレーーーース!!

はい。たーんと食べて大きくなったらいいじゃない。という事だと思います。無駄に多く作ったつもりでしたが10分でなくなりました。jonathanが「作るのは時間かかったけど10分でなくなっちゃったよ」って英語で言ってたけど、それを聞き取るのに20秒くらいかかりましたよ。んでもなんか文脈とシチュエーションで結構言ってる事って限られてくるから分かる時は分かるものなのかなって思ったりもしたわけです。

消極的・積極的情報の話

コンテンツには消極的な情報(コンセプトなど、ユーザーからすれば、見なければ分からない内容)と、積極的な情報(メニューの内容や店舗情報など、インフォメーションとしてユーザーが必要としている内容)があって、それぞれにそれぞれの見せ方があるわけで、それらを混同してひとつのフォーマットに落とし込もうとすること自体が結構無理やりなことだったってわかった。

eye Seasonal Greeting [Merry Christmas on Flickr]

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クリスマスですよ。終わっちゃいましたけど。でもって弊社では水曜日あたりに2日遅れのケーキを食らう会を半ば強制的に開催しようと思っていて、食器やらなにやらを運び込んでいた月曜日だったわけですが気がつけばmayu氏がChristmasContents on Flickrなるものを作っていてをぉーーーーー!っとなっていました。

でもって年末ですよ。いまやってるやつを帰りの電車で構成をもっかい書き直してみたから明日再びリベンジとかすると思います。ぐだぐだな自分にさよならを。てまだ月曜なんだけど。

eye,note,patisserie joyeux noel

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はい。だから唐突にパティスリーサイトで好きなものを紹介。

なんか辻口氏率がめっちゃ高いけど気にしない。

俯瞰した世界

10人の人をモデルにデッサンをしている男女がいました。彼は一人目の輪郭をそれは軽やかに書き上げ、それの細部までも緻密に丁寧に階調づけていきました。その緻密さは髪のひとつひとつにあたる光の加減にまで及ぶ、とても繊細なものだったことでしょう。ただし彼はその一人目の人を書き終える直前になって、それまで書いていた髪の一部がその人の後ろにいた人のものだと気づいたのです。

それと同時に同じものを書いていた彼女は、うっすらとした10人の全体像をさらりと書き、それぞれの繋がり、関連性を確かめるかのように、細かな繋がりを階調で繋いでいきました。それらを繋いで行くうちに、自分の隣にも、自分が書いていたうちのひとりをとても丁寧に書いていた男の人に気づいたのです。女性は男性の視覚より8度広い視点で物事や景色を見ているって言う話を聞いたんですがそれに関連付けしたものとしての、柱がなきゃ家が建たないとか、構成が決まらなきゃデザインできないとかそういった考えへの同直線上の話。

note fotografia

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朝出勤したらおもっきしディスプレイにポストイットでいじめを受けていたある日のデスク。

相も変わらず自分のつめの甘さが原因で周囲の方々に迷惑をかけてしまっている。なぜか師走の末になって職場でアイロンを掛けることになっていて気がつけばおもっきし火傷とかしている展開もあれだけど、自分はWebで扱うべき商業写真についてのあり方みたいなものをもっと考えてものを言う必要があると思った。例えばの話、実際そこにはそれぞれの嗜好性が絡んでくるときがあって、お互い良いものをっていうスタンスは変わらないはずなのに、本来あるべく見定めた場所へのアプローチのしかたがいつのまにか自分ではき違えてしまっていたっていう事が発生しうるわけで、特に作家性・メッセージ性を含んだものでないかぎり、写真は写真としているだけではコンテンツとして成立しないということ。つまるところ写真はデザイン上の演出表現の一つであって、それを本質として表現する場合、相当のディレクションが必要になってくると同時に、大抵の場合それに関連する文字情報が存在して、それを演出または説明するための手段として写真が使われているというのがwebでの写真との関係性。だからそういうことも予測できなかった自分に対して、圧力鍋クラスの思考回路と意思伝達力が欲しい。ただそれを今回知れてよかった。無知ほどこわいものはないわけで。

口が痺れるのはなんですかねこれ。かぜ?

note 圧力鍋と話す

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暮れです。つめの甘さを思い知る12月中旬。山場の定義が曖昧になる職場では風邪の類いのものが何周か回っていそうにも関わらず僕のところには未だに回ってこないのは単に僕が○○なわけではなくて無駄に気を張りっぱなしだからなのかなと思う丑三つ時暖かくお過ごしでしょうか。といいつつも肝心なのはコレからなので気を抜く事は命とりなのよ!とか無駄口をたたきながら仕事に没頭しようと思います。

なんというか、女性は行動を、男性は言葉を求めるって聞いたり聞かなかったりしていたんですけど、最近言葉を発する機会が格段に増えてそれ自体について考えていて、思えばつくづく複雑なものだと思うわけです。例えばこのblogでさえ傍から見れば単なる淡白な文字情報の羅列でしかないわけですがそれを書くのに無駄に時間をかける自分がいるのが現状で、自己満足だよといってしまえばこれは思考停止で済むけどそれを自分以外の対象に対して発する場合はまた別で、その言葉が疑いを生み亀裂になったり、刺さるようにして悲しみそのものを与えたり、暖かみを生んで喜びになったりいわゆる一喜一憂ひとつひとつがそれによって起こされているわけで、逆に言うとなんか振り回されてるだけなんじゃないかと思えてくる時があって。極論、言うのはわけないじゃないですか。たとえどんなに重みがある言葉だとしても結局のところそれはケント紙1枚相当の厚み程度しか実際のところないんじゃないかと受け手が考えている場合、それはそれ以上の効力を持ち得る事ができなくて、そういった時に限ってネガティブな方向の言葉を受けてしまうとその薄さ故に奥深くまで刺さってしまう。ただそれは受け手によって自由に変える事の出来るものなんじゃないかとも同時に思っていて、考えてみればほら空だって「空」と言葉にしてしまえばどんだけ広いんだっていうくらいの面積を2文字で定義することができてしまうそれくらい包容力のある表現手段だとも思うんです。その辺の転換が自分の場合うまいこと機能していないのかなと感じているわけですが、時としてそれが逆に作用してしまうリスクを孕んでいたとしても扱う価値はあるんじゃないかと考えたりしていました。どっちにしても行動を伴っていなければ意味がなくなってしまうわけですけど。

んで相変わらずの禁欲生活。時間の経過が遅いのはあいかわらずなんですがそんな中ピザハットだのCURRY CARRYだのでおもっきしデリバリーする社内の空気に誘惑と葛藤しながら(いや結局食べましたけど)過ぎて行く12月ですが今日話していた話題の中で「精神と時の部屋」説よりもしかしたら有力な「社内圧力鍋」説のフラグがたちました。って結局食べ物繋がりなんですが。でも2日分の煮込みを1時間で出来てしまうとかほんと構想がぴったりだと思うんですけど思ってるのは僕だけだと思います。あーもうやめやめ食べ物の話やめー。というかhdkさんが作ってくれた鬼ビーフカレーは創造の域とか超越したうまさ(とカロリー数)だったと思いましたごちそうさまでした。写真はアップすると確実に食べたくなるのでいまはやめです。はい。結局どんだけ食べ物の話で引っ張ってんだ自分と。

どうでもいいけど僕はWiiがちょー弱いことが発覚しました。
べべべべべべべつに気にしてませんよ!

note,project オータムイベール

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むはー。
気がつけば朝とか氷点下ですよあなた。車の窓ガラスが凍り付いていたのであつあつに熱したやかんでおもっきしお湯をかけてやりました。で12月はいよいよ禁欲の月になりそうなのでグラフィカお姉さんに教えてもらった久石さんレコメンド(てかリストのなかだとWORKS IIしかもってなかったですよ。中国系楽器が気になりますよ)を聞いて乗り切ろうと思います。ついでに8kgくらいファイルサイズとかも軽くなるといいと思う。というわけで遅すぎる秋の携帯待ち受け。写真は撮りたてだからいいよね。

note 質量をえた時間

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秋にもさよなら告げる12月初週。カットするのを明らかに失敗したと思われるFLO PRESTIGEのカスタードプディングタルトを食べて守谷に着いたころにはもう5時をまわっていた2日の夜になってこの前mimimiさんからお借りしたTIME!×3のテキストを読んでいて気づいた時間の質量と写真のお話。

それはおおよそ時間の経過への認識は体験や出来事の記憶の質や量に比例して比重としての重さ(回想した時の時間の長さ)が増えていくという話で、それって具体的には子供の時の初めて経験した実体験と今毎日過ごして行く中で経験するものとの絶対量の差によって相対的にだけど感じとれる時間の長さの違いだとか、つまりは小学校の1年間ってなんであんなに長かったんだろうねっていう思い出話に対する答えでもあるわけだけど、その理論をもとにしてようやく理解できたことがあったのはそう今の仕事の話。噂のように言われていた精神と時の部屋説は、一日、一週間、一ヶ月のなかでの実体験の絶対量の多さが、時間の体感速度を感覚として分かるくらいに長くしているっていう事なのかなとちょっとだけ考えてみた。12月にもなると年末ムードなわけですがこうやって過ごしている人の一生も、地球の寿命を一年としたらそれは0.8秒にも満たない微細なものなんだよっていうそんな言葉に年末この12月に出会えたのはなんかちょっと出来すぎてると思うけど気にしない。

それとミクシにweb creatorsで□クナナの方が連載しているサイトに使われている写真を撮っているフォトグラファの人がいるよーって教えてくれたmanoちゃんがしかも知り合いだった事に若干うるさすぎるくらい無駄に驚いて「すげーすげー」を連呼してしまっていましたが本当に凄い時は連呼してもいいよね?ってことで許してください。氏の撮っていた花の写真にセンセーショナルすぎる衝撃を抱いていたわけで、それがライティングとか勉強したい欲へ繋がっていったのかと思います。

とか言ってあれもこれもになっていると結局たいした事も出来ずに終わる週末の48時間。年末へ向けて、来年に向けて今の自分に出来る事から始めてみるということで今日は書き納め。とりあえずWiiをゲットできたみなさまおめでとうございます。僕はDSすら持ってないので哀れんでくれるといいと思います。


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鈴木健一 | suzuki kenichi
FICC所属、デザイン、アートディレクション担当。
写真と音と料理とラーメンズ好きな低血圧男子。
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