03:06 - January 24, 2010
note,video その先で仰ぐのは

下書きのまますごく経ってしまった。
関西電力のCM曲の別バージョンを見つけてしまってまた聞き入ってしまう。
10年前、卒業式後の教室で先生を待って、クラス全員で合唱したのを思い出します。ウチらの学年は合唱が熱くて、コンクールに向けてみんなでひたすら歌っていたりしたんだっけ。6組の歌を聞いて悔しいけど涙してしまった事もあったっけ。思い出がいつも歌とあって、最後の最後まで歌い通しだったなあって。本当に最後の最後になってようやく、あの時はただただみんなで何かをするっていう事が楽しくて、なんでもっと色々な事を話していなかったんだろうって、今でなら思えるような気がします。
思えば、今の考え方の源泉も、潜在的な好みや笑いのツボを形成しているのは、20歳までの期間で体験した事が根底にあるって誰かが言っていた。当時にしてはそれは細くて心許ない数滴の飛沫だったかもしれないけれども、自分の器に落ちたそれは何リットルもの水で満たされても確かに在り続けて、確実なものとして人の根底を成して行きます。
行く先々で人と会っては言葉を交わし、お互いに新しい水を注ぎ、環境を変えれば水の質を変えて、影響されて色すらもコロコロと移り変わる、失敗も後悔も数えきれない悩みだってあるんでしょう、それすらも抱え込みながら、まるで理科の実験みたいに月も日も駆け抜けて、新陳代謝を繰り返しながら価値観も意味も混ぜこぜにしながら溢れんばかりになった色とりどりの器が出来るのが20代、そんな気がしています。あれからの10年でみんながどんな器になったのか、この先何に水をあげ育てて行くのか、そんな話を聞きながら、育ったものでどんなレシピで、一体どんな料理ができるのかが、今から楽しみで仕方ありません。
元気にしていますか?その畑で仰いだ空が、きっと突き抜ける程晴れ渡っている事を願っています。









